ふたり
達郎が家に帰ると恋人の佐智子がベッドの上で枕をだいてうなっていた。
「腹でも痛いのか」と尋ねれば首を大きく振って違う違うという。
「仕事で失敗でもしたのか」と尋ねればそれも違うという。
達郎はネクタイを外して、冷蔵庫の中の麦茶を出しコップに注ぐと、佐智子に向かって差し出した。のそのそと起きあがり、ベッドの上に腰掛けた佐智子は達郎から受け取ったコップの中に映る自分の顔を見つめて大きなため息をつき、麦茶でない何かも一緒に飲み込むように大きく息を吸って一気に飲み干した。
達郎と佐智子が出会ったのが大学の入学式。
夏休み明け、佐智子からの突然の告白に達郎がびっくりした顔のままうなずいてから、もう七年の付き合いになる。 外泊すらままならなかった佐智子が、度重なる反抗の甲斐もあって、「結婚を前提に」という条件で両親に同棲を許され、達郎の家に転がり込んできたのは今年の春のことだった。
達郎は実家のある姫路から大学入学を機に東京に出てきた。就職してからもずっと同じ家に住んでいたから、長い間一人で暮らしていた家に人がいるのにまだ慣れない。でも、佐智子が来てからというもの、家の中がいつも清潔で、食生活が豊かになったことについては非常に満足していた。 別に家事手伝いに来てもらっているわけではないが、定時上がりが基本の佐智子と、毎日残業して帰ってくる達郎とでは、帰宅時間も違えば、収入も違う。
「だからいいのよ」と佐智子はいう。達郎が仕事から帰ってくるまでに彼女は家の掃除と、食事の準備をすませせる。それが二人で住み始めてからの習慣になっていた。「今日は疲れたから外食ね」という日もあれば、宅配ピザや、コンビニ弁当ですますこともあったが、それでも、誰かと食べる食事というのはとても楽しく、かわいい恋人が自分のために腕のふるった料理であればさらに幸せになれるというものだ。達郎は佐智子とのそんな生活がとても気に入っていたし、家に帰って佐智子の作ったご飯を一緒に食べるのを楽しみにしていた。
佐智子が飲み終わったコップをおいた食卓代わりのローテーブルの上には、夕刊とそれに挟まっていたであろうチラシの束、テレビのリモコンがおいてあるだけだった。
お腹が痛くて気分が悪いとか、付き合いで帰りがけにお茶をするつもりが食事までしてしまってお腹がいっぱいだとか、そんなときは大抵先にメールで夕飯は外で済ますように連絡があったものだが、今日は違う。なにかご機嫌を損ねることでもあったかと達郎は我が身を振り返る。なにかの漫画みたいに冷蔵庫のプリンを横取りしたとか、ワイシャツに口紅の跡がついていたとか。どちらにしても身に覚えはないし、なにより佐智子が自分にたいして怒っている様子もなかった。
佐智子は、うつむき、もう一度ため息をついた。「なんだかよくわからんけど」 と隣に腰掛けそのままベッドに倒れ込んだ達郎に視線を向けると佐智子はベッドの上に足を上げ、達郎に向いて正座をしてやりきれない表情でつぶやいた。
「私、万引きをしてしまった」
悩みがあるならどんとこい、何でも聞くぞと倒れ込んだベッドの上で達郎は佐智子が発した言葉を頭の中で繰り返していた。月経前の女性が万引きの常習犯になるケースがあるというコラムを読んだことがあるが、達郎の知る限り、佐智子の予定はまだ先のはずだし、ましてや小学生でもないから、肝試しで万引きをしたというわけでもないだろう。
第一何を盗んだというのだ。
脳裏をよぎったその台詞を口にしようとしたとき、佐智子はせきをきったように一気に話し始めた。
駅前でバスがくるまで時間があったので、ロータリーの近くの雑貨屋に立ち寄ったら、かわいい ヘアピンを見つけた。買うかどうかを迷いながらも、とりあえず手に持ってうろうろしていると会社に残っている上司から電話がかかってきた。ちょっと気がかりな仕事を残してきたので慌てて電話を取ると電波状況が良くなく電波を求めてそ とにそとにと近づいているうちに店の外に出てしまった。十分位話をして、電話を切るとちょうど家に帰るバスが出発するところで、佐智子はそのバスに慌てて飛び乗った。
手に持ったヘアピンに気づいたのは自分の降りる停留所の一つ前だった。
「それで私、慌てて飛び降りてタクシー捕まえて返しに行ったのよ。返すっていってもあれだから、お金を払いますって、お店に行ったの。そしたら……」
佐智子は、ボロボロと涙を流しはじめた。嗚咽をあげて話を続ける彼女の言葉は多少聞きづらかったが、達郎は彼女の膝に手を置いて、じっと聞いていた。
すごい形相で飛び込んできた閉店間際の客に、レジの女性はどうしたらいいのか分らないといった風に店の奥の店主を呼びにいった。引っ張り出されてきた店主は、あわてふためきながらも必死で謝罪を繰り返す佐智子に 「事情は大体分かりました。本来なら万引きということで警察を呼ぶところですが、意識があってやったことでもないようですし、こうやって謝罪して頂いて、お金も払って頂けるのだからあなたはうちの大事なお客さんです。どうぞおきになさらないでください」と言うとヘアピンを紙袋に詰め佐智子に渡した。
「良かったじゃないか。もう解決したんだろう」
あまりに佐智子がびょうびょうと泣くものだからてっきり警察を呼ばれて怖い思いをしたのかと思えばそういうわけではないようだ。達郎はなんだか拍子抜けしてしまい、「大騒ぎすることないじゃないか」と空腹に任せて佐智子を叱りつけたくなってきた。 そんな達郎のイライラとした気持ちに気づいたのだろうか。 佐智子はローテーブルの上にあったティッシュペーパーで涙をぬぐうと「ちがうの」と首を振る。佐智子は達郎の顔をじっと見つめると、なにかを決心したように小さくうなずき涙の理由を話し始めた。
佐智子がまだ小学校に入ったばかりの頃仲の良いえっちゃんという女の子がいた。二人の家は離れていたけれど、放課後はいつも近所の公園の土管で待ち合わせをして遊んでいた。
ある日、えっちゃんがとても綺麗な外国製のレターセットを持って待ち合わせ場所に現れた。蝶の羽の部分にキラキラ光る薄い紙が重ねられていて、便箋の上を蝶がひらひらと飛んでるような今まで見たこともない美しいものだった。えっちゃんはおばあちゃんに買ってもらったのだけど、とっても綺麗だから、佐智子ちゃんに見せてあげたくてこっそり持ってきたのと笑った。佐智子はその晩、えっちゃんのレターセットを思い返してはうっとりとしながら眠りについた。翌日、えっちゃんは真っ赤に泣きはらした顔で学校に現れた。泣きすぎると目が腫れぼったくなるなんてことには気づかない幼い子供の頃の話だ。えっちゃんの様子を気にかけることもなく佐智子は彼女ににまた今日もあの素敵なレターセットを見せて欲しいと無邪気にねだった。しかし、その願いは叶わなかった。
えっちゃんは学校帰りに家の近所の雑貨屋さんで見かけたそのレターセットに一目惚れして、家に留守番している祖母にコレがほしいとねだるため店の外に持ち出してしまった。ランドセルを背負った小さな女の子がレジの前をノートみたいなレターセットを持って飛び出すのを店主は見逃してしまったのだろう。えっちゃんが家に帰ると祖母は出かけていて家にはいなかった。後からおこづかいをもらってお金を払いに行けばいいやと遊ぶ約束をしていた佐智子の所へ走り出した。手には、店から持ちだしたレターセットを持ったまま。佐智子に散々うらやましがられ、自分の物になった気で上機嫌になったえっちゃんが家に帰ると、見慣れないものを持った娘に気づいた母親に質問攻めにされることになる。えっちゃんは母親からよっぽどこっぴどくしかられたのだろう。泣きながら話をするえっちゃんに佐智子は「ドロボウ」と罵った。綺麗なレターセットを一瞬でも自分の物にした彼女へのねたみからだったのかもしれない。
とにかく、それ以降佐智子はえっちゃんと遊ばなくなってしまった。
「私が今日しでかしたことは、えっちゃんと同じなのよ。だのに小さなえっちゃんはお母さんにもしかられて私からもドロボウ扱いされて」
ぼろぼろと涙を流す佐智子の横で、天井をじっと見つめて話を聞いていた達郎は小さく深呼吸をした。
古い記憶が、ふとしたきっかけでよみがえるときがあって、それは必ずしもセピア色の良い思い出ばかりではない。ネガティブな記憶は気分をふさぎがちにさせる。嫌悪感の固まりが大きな壁をつくり、一人でいるとどんよりした気持ちになって、吐き気すらしてくるときがある。
でも、過去の行いは悔やんだり反省することは出来ても消去することも書き換えることもできない。またいつの日かそっとその記憶の扉を閉じてしまうのが一番良い方法だと達郎は考えていた。忘れること、一人でいる間は、それ以外に解決策はないと。
達郎は立ち上がり佐智子の手を取ると、ちょっとためらいがちに、早口で、 「結婚の報告、えっちゃんにも送ろう、写真付でさ」といった。
佐智子はびっくりして目をぱちぱちさせて、照れたように「ご飯たべいこ」と自分を引っ張り上げる達郎を見て、そして、にやり、と笑った。
「それってプロポーズ」
思いがけない返事に動揺する達郎の手をはなすと佐智子は「夕飯はラーメン」といって抱きつく。「泣いたらお腹が空いた」と笑う佐智子の身体の温度を感じながら、「君を一人で泣かせたりしないからね」なんて気障な言葉が達郎の頭をよぎったけれど、達郎がその言葉を口にするのはもう少し先のお話。
(了) 玄関に戻る
「腹でも痛いのか」と尋ねれば首を大きく振って違う違うという。
「仕事で失敗でもしたのか」と尋ねればそれも違うという。
達郎はネクタイを外して、冷蔵庫の中の麦茶を出しコップに注ぐと、佐智子に向かって差し出した。のそのそと起きあがり、ベッドの上に腰掛けた佐智子は達郎から受け取ったコップの中に映る自分の顔を見つめて大きなため息をつき、麦茶でない何かも一緒に飲み込むように大きく息を吸って一気に飲み干した。
達郎と佐智子が出会ったのが大学の入学式。
夏休み明け、佐智子からの突然の告白に達郎がびっくりした顔のままうなずいてから、もう七年の付き合いになる。 外泊すらままならなかった佐智子が、度重なる反抗の甲斐もあって、「結婚を前提に」という条件で両親に同棲を許され、達郎の家に転がり込んできたのは今年の春のことだった。
達郎は実家のある姫路から大学入学を機に東京に出てきた。就職してからもずっと同じ家に住んでいたから、長い間一人で暮らしていた家に人がいるのにまだ慣れない。でも、佐智子が来てからというもの、家の中がいつも清潔で、食生活が豊かになったことについては非常に満足していた。 別に家事手伝いに来てもらっているわけではないが、定時上がりが基本の佐智子と、毎日残業して帰ってくる達郎とでは、帰宅時間も違えば、収入も違う。
「だからいいのよ」と佐智子はいう。達郎が仕事から帰ってくるまでに彼女は家の掃除と、食事の準備をすませせる。それが二人で住み始めてからの習慣になっていた。「今日は疲れたから外食ね」という日もあれば、宅配ピザや、コンビニ弁当ですますこともあったが、それでも、誰かと食べる食事というのはとても楽しく、かわいい恋人が自分のために腕のふるった料理であればさらに幸せになれるというものだ。達郎は佐智子とのそんな生活がとても気に入っていたし、家に帰って佐智子の作ったご飯を一緒に食べるのを楽しみにしていた。
佐智子が飲み終わったコップをおいた食卓代わりのローテーブルの上には、夕刊とそれに挟まっていたであろうチラシの束、テレビのリモコンがおいてあるだけだった。
お腹が痛くて気分が悪いとか、付き合いで帰りがけにお茶をするつもりが食事までしてしまってお腹がいっぱいだとか、そんなときは大抵先にメールで夕飯は外で済ますように連絡があったものだが、今日は違う。なにかご機嫌を損ねることでもあったかと達郎は我が身を振り返る。なにかの漫画みたいに冷蔵庫のプリンを横取りしたとか、ワイシャツに口紅の跡がついていたとか。どちらにしても身に覚えはないし、なにより佐智子が自分にたいして怒っている様子もなかった。
佐智子は、うつむき、もう一度ため息をついた。「なんだかよくわからんけど」 と隣に腰掛けそのままベッドに倒れ込んだ達郎に視線を向けると佐智子はベッドの上に足を上げ、達郎に向いて正座をしてやりきれない表情でつぶやいた。
「私、万引きをしてしまった」
悩みがあるならどんとこい、何でも聞くぞと倒れ込んだベッドの上で達郎は佐智子が発した言葉を頭の中で繰り返していた。月経前の女性が万引きの常習犯になるケースがあるというコラムを読んだことがあるが、達郎の知る限り、佐智子の予定はまだ先のはずだし、ましてや小学生でもないから、肝試しで万引きをしたというわけでもないだろう。
第一何を盗んだというのだ。
脳裏をよぎったその台詞を口にしようとしたとき、佐智子はせきをきったように一気に話し始めた。
駅前でバスがくるまで時間があったので、ロータリーの近くの雑貨屋に立ち寄ったら、かわいい ヘアピンを見つけた。買うかどうかを迷いながらも、とりあえず手に持ってうろうろしていると会社に残っている上司から電話がかかってきた。ちょっと気がかりな仕事を残してきたので慌てて電話を取ると電波状況が良くなく電波を求めてそ とにそとにと近づいているうちに店の外に出てしまった。十分位話をして、電話を切るとちょうど家に帰るバスが出発するところで、佐智子はそのバスに慌てて飛び乗った。
手に持ったヘアピンに気づいたのは自分の降りる停留所の一つ前だった。
「それで私、慌てて飛び降りてタクシー捕まえて返しに行ったのよ。返すっていってもあれだから、お金を払いますって、お店に行ったの。そしたら……」
佐智子は、ボロボロと涙を流しはじめた。嗚咽をあげて話を続ける彼女の言葉は多少聞きづらかったが、達郎は彼女の膝に手を置いて、じっと聞いていた。
すごい形相で飛び込んできた閉店間際の客に、レジの女性はどうしたらいいのか分らないといった風に店の奥の店主を呼びにいった。引っ張り出されてきた店主は、あわてふためきながらも必死で謝罪を繰り返す佐智子に 「事情は大体分かりました。本来なら万引きということで警察を呼ぶところですが、意識があってやったことでもないようですし、こうやって謝罪して頂いて、お金も払って頂けるのだからあなたはうちの大事なお客さんです。どうぞおきになさらないでください」と言うとヘアピンを紙袋に詰め佐智子に渡した。
「良かったじゃないか。もう解決したんだろう」
あまりに佐智子がびょうびょうと泣くものだからてっきり警察を呼ばれて怖い思いをしたのかと思えばそういうわけではないようだ。達郎はなんだか拍子抜けしてしまい、「大騒ぎすることないじゃないか」と空腹に任せて佐智子を叱りつけたくなってきた。 そんな達郎のイライラとした気持ちに気づいたのだろうか。 佐智子はローテーブルの上にあったティッシュペーパーで涙をぬぐうと「ちがうの」と首を振る。佐智子は達郎の顔をじっと見つめると、なにかを決心したように小さくうなずき涙の理由を話し始めた。
佐智子がまだ小学校に入ったばかりの頃仲の良いえっちゃんという女の子がいた。二人の家は離れていたけれど、放課後はいつも近所の公園の土管で待ち合わせをして遊んでいた。
ある日、えっちゃんがとても綺麗な外国製のレターセットを持って待ち合わせ場所に現れた。蝶の羽の部分にキラキラ光る薄い紙が重ねられていて、便箋の上を蝶がひらひらと飛んでるような今まで見たこともない美しいものだった。えっちゃんはおばあちゃんに買ってもらったのだけど、とっても綺麗だから、佐智子ちゃんに見せてあげたくてこっそり持ってきたのと笑った。佐智子はその晩、えっちゃんのレターセットを思い返してはうっとりとしながら眠りについた。翌日、えっちゃんは真っ赤に泣きはらした顔で学校に現れた。泣きすぎると目が腫れぼったくなるなんてことには気づかない幼い子供の頃の話だ。えっちゃんの様子を気にかけることもなく佐智子は彼女ににまた今日もあの素敵なレターセットを見せて欲しいと無邪気にねだった。しかし、その願いは叶わなかった。
えっちゃんは学校帰りに家の近所の雑貨屋さんで見かけたそのレターセットに一目惚れして、家に留守番している祖母にコレがほしいとねだるため店の外に持ち出してしまった。ランドセルを背負った小さな女の子がレジの前をノートみたいなレターセットを持って飛び出すのを店主は見逃してしまったのだろう。えっちゃんが家に帰ると祖母は出かけていて家にはいなかった。後からおこづかいをもらってお金を払いに行けばいいやと遊ぶ約束をしていた佐智子の所へ走り出した。手には、店から持ちだしたレターセットを持ったまま。佐智子に散々うらやましがられ、自分の物になった気で上機嫌になったえっちゃんが家に帰ると、見慣れないものを持った娘に気づいた母親に質問攻めにされることになる。えっちゃんは母親からよっぽどこっぴどくしかられたのだろう。泣きながら話をするえっちゃんに佐智子は「ドロボウ」と罵った。綺麗なレターセットを一瞬でも自分の物にした彼女へのねたみからだったのかもしれない。
とにかく、それ以降佐智子はえっちゃんと遊ばなくなってしまった。
「私が今日しでかしたことは、えっちゃんと同じなのよ。だのに小さなえっちゃんはお母さんにもしかられて私からもドロボウ扱いされて」
ぼろぼろと涙を流す佐智子の横で、天井をじっと見つめて話を聞いていた達郎は小さく深呼吸をした。
古い記憶が、ふとしたきっかけでよみがえるときがあって、それは必ずしもセピア色の良い思い出ばかりではない。ネガティブな記憶は気分をふさぎがちにさせる。嫌悪感の固まりが大きな壁をつくり、一人でいるとどんよりした気持ちになって、吐き気すらしてくるときがある。
でも、過去の行いは悔やんだり反省することは出来ても消去することも書き換えることもできない。またいつの日かそっとその記憶の扉を閉じてしまうのが一番良い方法だと達郎は考えていた。忘れること、一人でいる間は、それ以外に解決策はないと。
達郎は立ち上がり佐智子の手を取ると、ちょっとためらいがちに、早口で、 「結婚の報告、えっちゃんにも送ろう、写真付でさ」といった。
佐智子はびっくりして目をぱちぱちさせて、照れたように「ご飯たべいこ」と自分を引っ張り上げる達郎を見て、そして、にやり、と笑った。
「それってプロポーズ」
思いがけない返事に動揺する達郎の手をはなすと佐智子は「夕飯はラーメン」といって抱きつく。「泣いたらお腹が空いた」と笑う佐智子の身体の温度を感じながら、「君を一人で泣かせたりしないからね」なんて気障な言葉が達郎の頭をよぎったけれど、達郎がその言葉を口にするのはもう少し先のお話。
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